お茶[ちゃ]が伝[つた]わったのは、
今[いま]から1200年[ねん]くらい前[まえ]

日本[にほん]にお茶[ちゃ]を伝[つた]えたのは、中国[ちゅうごく]の文化[ぶんか]を学[まな]ぶために海[うみ]を渡[わた]ったおぼうさんたちでした。1200年[ねん]くらい前[まえ]の本[ほん]には、中国[ちゅうごく]から帰[かえ]ってきたおぼうさんが天皇[てんのう]のためにお茶[ちゃ]をいれたことが書[か]かれています。このころのお茶[ちゃ]は、とても貴重[きちょう]なものだったのです。 その後[ご]、日本[にほん]でもお茶[ちゃ]の木[き]が植[う]えられてお茶[ちゃ]が作[つく]られるようになり、安土桃山時代[あづちももやまじだい]には千利休[せんのりきゅう]によって、茶道[さどう]といわれる日本[にほん]だけのお茶[ちゃ]文化[ぶんか]が広[ひろ]められました。江戸時代[えどじだい]には、今[いま]と同[おな]じ方法[ほうほう]でお茶[ちゃ]作[づく]りが始[はじ]まりました。

千利休
千利休[せんのりきゅう]
お茶[ちゃ]の世界[せかい]で有名[ゆうめい]な人[ひと]